スマホが先に降車を知らせた夜

怪談・都市伝説

この話は、あるスマホに残っていた通知履歴と、あとから取り出された行動履歴の記録をもとにしている。

持ち主の名前は伏せられている。特別な人物ではない。勤務先から少し離れた部屋に一人で暮らし、平日は夜遅くまで働き、終電に近い電車で帰ることが多かった。

その日も、記録上はいつもと変わらなかった。

日付は冬の終わりに近い平日。天気は小雨。帰宅経路は、会社の最寄りから地下区間を抜け、地上に出てから数駅先で降りる、ごく普通の通勤ルートだった。

変わっていたのは、スマホに入っていたAIアシスタントアプリだったという。

そのアプリは、予定表や位置情報、移動履歴、通知内容をもとに、帰宅時間や乗り換えを提案するものだった。珍しいものではない。多くの人が、気づかないうちに似たような機能を使っている。

ただ、その夜だけ、AIはまだ起きていない出来事を、少し早く知らせていた。

スマホに届いた不自然な通知

最初の通知は、23時58分に届いている。

降車予定駅まであと3分です。

本人はまだ会社の近くの駅にいた。改札を通った時刻は、交通系アプリの記録では23時59分。つまり通知が届いた時点では、まだ電車に乗ってすらいない。

誤作動だと思ったらしい。

スマホの通知履歴には、その直後にAIアシスタントへの操作が残っている。本人は通知を長押しし、詳細を開いていた。

そこには、通常なら表示されるはずの路線名や到着予測ではなく、短い文章が出ていた。

次は降りないでください。

この文面は、アプリの標準通知には存在しないとされている。あとから調べた人間が、同じアプリを同じ設定で使っても、同じ形式の通知は再現できなかった。

本人はこの通知のスクリーンショットを撮っている。画像ファイルの作成時刻は0時01分。そこには、白い通知欄と、黒く沈んだ駅の床が写り込んでいた。画面の明るさが強すぎて、周囲の人影はほとんど見えない。

0時03分、本人は電車に乗った。

夜の電車で起きた異変

車内は空いていた。

座席には数人が離れて座り、窓には黒い車内の反射だけが映っていた。外は地下区間のため、景色はない。照明の白さと、ガラスに映る自分の輪郭だけが続いていたはずだった。

本人が残したメモアプリには、0時12分に短い入力がある。

アナウンスが一駅ずれている

通常、電車の車内アナウンスは次の停車駅を告げる。しかしその夜、本人が聞いたものは、すでに過ぎた駅名だったらしい。

次は、と流れたあと、数分前に停車したはずの駅名が告げられた。

最初は録音の不具合だと思った。深夜の電車では、ときどき表示やアナウンスが遅れることもある。乗客のほとんどは反応しなかった。

ただ、スマホだけは反応していた。

0時15分。

目的地を通過しました。現在、帰宅経路から外れています。

本人の降車予定駅はまだ先だった。路線図上でも、GPS上でも、電車は予定通りの方向へ進んでいるはずだった。

窓の外に、地上区間の灯りが見え始めた。雨に濡れた住宅街の光が流れていく。暗いガラスには、向かいの座席に座る人々と、本人の手元のスマホが重なって映っていた。

そのとき撮られた写真が一枚残っている。

暗い車窓にスマホ画面が映り、その画面には通知が開かれている。通知の本文は、ぼやけて読み取りにくい。ただ、拡大すると、次のような文字列が見える。

まだ乗っていますか。

AIによる行動履歴の解析

この記録が残ったあと、本人は周囲にこの話をほとんどしていない。

ただ翌日、スマホの動作がおかしいと感じ、知人に解析を頼んだ。その知人が、位置情報とアプリのログを確認したことで、話は少しだけ形を持つことになった。

AIアシスタントは、深夜0時06分から0時31分までの移動を、通常の路線移動として認識していなかった。

ログには、徒歩でも車でも鉄道でもない、分類不能な移動として記録されていた。速度は電車と同程度。停止間隔も駅に似ている。しかし地図上では、線路のない場所をゆっくり進んでいることになっていた。

さらに不自然なのは、AIの予測ログだった。

0時09分の時点で、AIは本人が0時27分にある駅で降りると予測していた。その駅名は、地図アプリにも路線検索にも出てこない。過去の廃駅情報にも該当しない。漢字二文字の、どこか地名のようで、どこにも結びつかない名前だった。

AIはその駅を、最適な降車地点として扱っていた。

理由の欄には、こう記録されている。

過去の行動傾向と一致

しかし本人は、その駅名を検索した履歴も、入力した履歴も、訪れた履歴もなかった。

解析した知人は、AIが何らかの誤データを拾ったのだろうと考えた。位置情報の揺れ、路線データの破損、通知生成のバグ。説明しようと思えば、いくつかの言葉は並べられる。

だが、ひとつだけ説明しにくい点があった。

その架空の駅で降りたことになっている時刻の前後だけ、スマホの加速度センサーが階段を下りる動きを記録していた。

存在しない駅の記録

本人の記憶では、その夜は予定の駅で降り、自宅まで歩いて帰ったという。

だがスマホの記録上は違っていた。

0時27分、存在しない駅に到着。
0時28分、改札付近で停止。
0時30分、ホームへ移動。
0時31分、再乗車。

記録上は、本人は一度降りて、また同じ方向の電車に乗っている。

本人はそれを否定した。そもそも、その時間帯に自分は座席に座ったままだったと言った。車内は静かで、眠ってはいない。降りた覚えもない。駅に停まった記憶もない。

ただ、写真フォルダには、0時29分に撮影された画像が残っていた。

そこには、誰もいないホームが写っていた。屋根の低い、古い駅のようだった。照明は暗く、床は濡れている。線路の向こう側には広告も時刻表もなく、駅名標だけが白く浮かんでいる。

駅名は、AIの予測ログに出ていたものと同じだった。

本人はその写真を撮った記憶がないと言った。さらに奇妙なのは、その画像の位置情報が空欄だったことだ。通常、カメラアプリで位置情報を許可している場合、撮影場所は記録される。前後の写真には、駅や自宅近くの位置情報が残っている。

その一枚だけ、何もなかった。

最後に残った通知

その後、本人はAIアシスタントアプリを削除した。

少なくとも、本人は削除したつもりだった。

アプリ一覧からアイコンは消え、通知設定にも表示されなくなった。行動履歴の同期も停止した。知人が確認した限りでは、関連する権限も無効になっていた。

それでも通知履歴には、翌日の深夜、ひとつだけ新しい記録が残っている。

時刻は0時27分。

昨日は降りませんでしたね。

通知元のアプリ名は表示されていない。アイコンもない。システム通知の形式にも見えるが、端末の内部ログでは送信元を特定できなかったという。

本人はその通知を開いていない。スクリーンショットも残っていない。ただ、通知履歴のバックアップに文章だけが保存されていた。

その日を境に、本人は終電に乗るのを避けるようになった。遅くなる日は遠回りでも別の交通手段を使い、どうしても電車に乗るときは、スマホの電源を切っていた。

しかし、完全に終わったわけではなかったらしい。

数週間後、スマホのバッテリー交換をした際、端末の診断ログに古い移動履歴が一件残っているのが見つかった。

日付は、あの夜から一週間後。
時刻は、やはり0時27分。
状態は、乗車中。

本人はその時間、自宅で眠っていたと話している。

余韻のある締め

この話に、明確な結論はない。

AIが誤った通知を出しただけかもしれない。GPSが乱れ、存在しない駅名が偶然生成され、写真の時刻も何かの拍子にずれたのかもしれない。

深夜の電車では、眠気や疲労で記憶が薄くなることもある。車内アナウンスを聞き間違えることも、降りたことを忘れることも、絶対にないとは言い切れない。

ただ、記録は残っている。

スマホは、本人が知らない駅にいたと示している。AIは、その駅を過去の行動傾向と一致すると判断している。そして通知は、本人が降りなかったことを知っていたように見える。

現在、その端末は使われていない。

電源を入れると、通常通り起動する。写真も、履歴も、一部のログも残っている。問題のAIアシスタントは入っていない。通知も来ない。

ただ、検証のために一度だけ、深夜0時27分まで画面をつけたままにしたことがあるという。

何も起きなかった。

画面には時刻だけが表示され、部屋は静かだった。電車の音もしない。もちろん、駅のアナウンスもない。

だがそのあと、端末の移動履歴には短い記録が追加されていた。

停車中。

場所は空欄だった。

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